31/12/2025
【締め出された夜の帰路で】
ゆうべは(開かずの)シャッターの一件が尾を引き、帰宅も遅くなったわけだが、例年クリスマス後の我が家の人々は“離散”、いや、ご帰省くださっているので、家路はふだんのような切迫感こそないものの(業務連絡:灯油タンクの補充インGS、済みました)、目下、独り身とあっても、子らの就寝時間逆算家事サイクルが染み付いた家庭人的側面が途端に抜け落ちることはない。ましてイレギュラータイム上の帰り道となれば外食→風呂→就寝のプラン(いわゆる家事プランB)が待ってましたとばかりに脳裏をかすめ「メーちゃん、うどんでも食って帰っかー」と無人のチャイルドシートに呼びかけ娘の声色を真似て「うん!」と独りで返し”マッキー“に車を寄せたのだった。マッキーとは〈牧のうどん片江店〉の(我が家なりの)愛称で、家事プランB時にまいど一家で利用する命店(名店みたく言うな)。今年も何度、世話になったことか。最後はまぁるく納める的イメージで丸天を注文。
再び帰路につくために向かった駐車場では、若い兄ちゃんが年越しそば販売テントをいい塩梅で設営してた。寒中に映える紅白幕。けっこういい風景。なにぶんまだ日の浅い城南区暮らし。「これはひとつの四季の景色にしたいね」。って声に出してしまっているおれは寂しいのか。隣に妻はいない。あとは灯油タンクを無人の家に運んで寝るだけである。
ところで、まぁるい丸天とくれば、自分を、店を、そのやわらかで優しい心をもってたずねてくださるお客さま、スタッフ、友人・知人のみなさん、そして家族。今年もお世話になりました。
こちらは29日をもって年内の文具・印刷・編集の各業務を終了しました。世間ではにわかに存立危機なる言葉が暴走していますが、私ないし店、といういともあやふやな存在を、今年もあらゆる交流によって存立させてくださいました。お礼の言葉もありません。
来年もこのあやふやな私、店をキリモリしていく次第ですが、なにかが変わっていくことだけは確か。2年に及んだパリのパトリックさんとのモノづくりは区切りを迎えたし 、かおりさんとは次々に新しいアイデアが生まれているし 、ニューグラフィー は5回目をどうするかで気を揉んでいるし、凜ちゃん作画の2匹のニューキャラクターが動いていくし 、久しぶりに書いた企画書が通って新しい書き仕事が始まりそうだし、あたりまえのように一緒に仕事していたオキンくんはヨール(印刷スタジオ)をウホウホ巣立っていったし 、手紙の返事はたまってるし(これはただの堕落)、ギターめっちゃ弾けてるイメージだし(これはただの願望)、光那(こうな)は小学校はじまるし(これはただの感慨)…。
なんかいろいろ。ほんとにあやふや。だけども、そうであっても、向き合えるものがあるっちゅうことは喜びじゃないか。自分(店)が存立していけるかもしれない希望がちょっとわいてきた。
家に着き、灯油タンクを荷下ろしている最中も車では眠気覚まし用につけたラジオがしゃべり続けている。野村萬斎が年末しか休めない狂言師の多忙ぶりについて自虐していたが、さっきまで開かずのシャッターを夜な夜なこじ開けてくれた業者さん(正確には自分もだが)を思えば、これは狂言師に限ったことではないと思う。でも話の続きをよくよく聞くと彼(ら)が自分の休みが「年末しかない」と強調する理由がわかった。「年始はだって、日本人が日本化するでしょ」。
紅白幕で日本化したマッキーの駐車場を見て、我が四季の風景にすると認定した自分がちょっと恥ずかしくもあった。
新年は4日(日)12:00始動です。
かおりさんの「おもいでえがきます」も同日スタート。
よい年をお迎えください。
photos(一枚目)
毎度素敵な写真ありがとさんです!来年も遊んでください