06/05/2026
雲ヶ畑にある志明院に行きました。
境内は大きな岩が迫り出すように囲み、修験道の修行の場として古くから信仰されています。また、その岩の間から水が流れ出し、これが賀茂川の源流とされます。
ここは惟喬親王(これたかしんのう)ゆかりの寺
惟喬親王とは平安時代前期の人物、文徳天皇の弟で次期天皇になる予定でした。
この時、摂関家として後の時代まで続く藤原氏が、最高位に上り詰める最初のタイミングでした。
藤原良房は紀氏を母に持つ惟喬親王を認めず、文徳天皇に嫁がせた自分の娘の子(惟喬の甥)を皇太子に推します。そこで危険を察知した惟喬親王は隠棲し出家するのです。
藤原氏はその後、応天門の変という政争で伴氏を追放し、その地位を盤石のものにします。
争いを避け失意の中生き延びた惟喬親王は多くの人から信奉され、信仰の対象となりました。
作者不詳とされる我が国歌「君が代」は、惟喬親王に仕える者が親王に宛てて詠んだ歌である、という説もあるそうです。