23/09/2026
追悼
胎児性水俣病患者の金子雄二さんが亡くなりました。71歳でした。知り合ったのは私が水俣に住み始めた1980年代、「乙女塚のみんなの家」を主な活動場所として動いていた「カシオペアの会」でした。彼がお母さんと暮らしていた明神町のお家へよく送迎に行ったものです。いろんな話をした中で特に印象に残っているの話は、二十歳前後の頃好きな人がいて、一緒になったとすれば子どももいたかもしれない、私永野より若くして父になっていたかもしれないということ。子ども好きで、私の子どもたちのこともかわいがってくれ、後年長女が金子さんの在宅介護の場で接し続けたのも縁だと思います。写真は、1993年4月3日、カシオペアの会メンバーで、出水市沖の桂島に行ったときの物です。真ん中の大きな木のところで何か飲んでいるのが金子さん。時計回りで濱元二徳さん、加賀田清子さん、故渡辺栄一さん、坂本しのぶさん、故荒木康子さん、後ろ姿は、私と家族、それから鬼塚勇治さん、山下善寛さんの姿が見えます。ちなみに、「カシオペアの会」の命名について。ミヒャエル・エンデのモモに、モモを導く亀カシオペアがいますが、私がこの会の趣旨に合うからと提案しました。でも最近、支援者の谷洋一さんも私と同じことを言っていて、どちらも間違いではないという話になりました。雄二さん、安らかに‼