31/08/2023
【末法世】
87歳になる母は、「生きている限り努力だ」と、出来ることは何でもやろうと頑張っている。
高校生の子供達は、それぞれの選んだ道で頑張っている。
僕は成績表も見た事ない。
無責任なのではなく、成績表に意味を感じないから、
その子の知力、精神の発達は食事をしながら話せばわかる。
成績表など、なんのアテにもならない。
進路はどうする?
そう言われるかもしれない。
今の日本にある社会参加への選択肢を見渡した時、僕には、「これが良い事だなぁ、これが世の中を良くするな」などという事が見当たらない。
どれも結局、「悪」を作っているに過ぎない。
変な「陰謀論」ではない。
人間が生きていく事そのものが悪としか僕には感じられない。
スーパーに行くと、大量のダイオキシンの源が売られている。「こんなモノを買って食べなきゃ、生きていけないなら、死んだほうがマシだなぁ」と思う。
でも、老いた母や子供たちにそんな事は言えない。
頑張って生きようとしてる人に、「あなたが頑張る事は、『悪』でしかないのです。」などと言えない。
猛暑だから、エアコンをつける。
しかしエアコンをつければ、温暖化は更に進む。それぞれの健康のためには、エアコンをつけるしかないが、つける事で更に温暖化がすすむなら、答えはひとつ、人間が滅びるしかない。
このように、人間は文明を発達させてきた事で、地球の環境を、他の生物の生存を危機に晒し、SNSなど狂ったコミニュケーションをする事で、集団知どころか、集団愚を形成している。
九月一日、日本では多くの子供達が死を選ぶ。
悲しいことだが、彼らに、
「この世界は生きるに値するよ、頑張って学び、頑張って働けば、世界は良くなるよ」と言えるだろうか?
老人達は、散々自分たちが壊してきた環境の末に「毎日が暑い」という。
何も言うことはない。
「全部アンタのせいだ」などとは言えない。僕のせいでもある。
このところ若い頃からの友達がバタバタ死んでいる。
彼らの死は果たして、惜しむべきことか?