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日立スチームクレーン。平井さんに聞いたら、先日再オープンした苗栗の博物館にも1950年代製造の日立のスチームクレーンが所蔵されているそうです。戦後、時代が落ち着き始めた頃でもまだ作ってたんですねぇ🤔https://x.com/GGertin...
13/08/2026

日立スチームクレーン。平井さんに聞いたら、先日再オープンした苗栗の博物館にも1950年代製造の日立のスチームクレーンが所蔵されているそうです。戦後、時代が落ち着き始めた頃でもまだ作ってたんですねぇ🤔
https://x.com/GGertino/status/2045508904000336090?s=20&fbclid=IwY2xjawTrEAdwZG9mAWV4dG4DYWVtAjExAGJyaWQRMXlIa3lTcmpTVEt5Z0puR2xzcnRjBmFwcF9pZBAyMjIwMzkxNzg4MjAwODkyAAEeY0wydW3FbKC8tTBIr1WWxTen0aTKrsJBOEQJB74sDOjiMOxazgzjKADqr0M_aem_36rpsICMPXHAdmLDSqb42A

北海道のボギー石炭車シリーズその弐: セキ600オテセ9500の後継車として製造されたオテセ10500は初の30トン積みで登場。形態は続くセキ1000初期車とほぼ同等(炭箱をはじめ各部の寸法は微妙に異なります)。その好成績からボギー石炭車の...
12/08/2026

北海道のボギー石炭車シリーズその弐: セキ600
オテセ9500の後継車として製造されたオテセ10500は初の30トン積みで登場。形態は続くセキ1000初期車とほぼ同等(炭箱をはじめ各部の寸法は微妙に異なります)。その好成績からボギー石炭車の形態を決定づけました。昭和3年の称号改正でオテセ10500はセキ600に称号変更。この車の成功をみて先に製造されたオテセ9500も24トン→30トンの増炭改造を受けてオテセ11000(→セキ1)となっています。

セキ600の台車は軸距1650mmのTR18。アーチバー式ですが下側のタイバーが弓形になり、丸みを帯びた形状の揺れ枕コラムと合わせて美しいデザインを持ちます。二枚リーフで揺れ枕部の幅が狭いことから後継のセキ1000に装着されたTR20より優美に見えますね。一般的に荒削りなイメージのアーチバーですが、この台車に限ってはその言葉は当てはまらない気がします。

300輛が製造されたセキ600は他のボギー石炭車と共に昭和30年代前半まで一線級で使用されましたが、昭和33年~36年に250輛がホキ1400(→ホキ1)へ改造されて大幅に数を減らしました。残りも昭和41年までに国鉄線上から姿を消しましたが、雄別鉄道などの炭礦鉄道に払い下げられた車は1970年代まで生き延びています。

下りの混雑ピークはお盆休み連休初日の先週土曜日だったみたいですが、中日になっても混んでます。3〜10分おきにでる列車は全て満席表示🈵 車内もチビっ子や赤ちゃんが大騒ぎで連休を感じますね。楽しい家族旅行だなぁ。私も仕事じゃなくて遊びならもっと...
10/08/2026

下りの混雑ピークはお盆休み連休初日の先週土曜日だったみたいですが、中日になっても混んでます。3〜10分おきにでる列車は全て満席表示🈵 車内もチビっ子や赤ちゃんが大騒ぎで連休を感じますね。楽しい家族旅行だなぁ。
私も仕事じゃなくて遊びならもっといいんだけど、模型店に盆休みなし? あ、模型の仕事じゃないんですけどね💦

キハ82量産中😉 仕様が多彩過ぎて組み立てマン大混乱💦ここから先が長いんですが😭
09/08/2026

キハ82量産中😉
仕様が多彩過ぎて組み立てマン大混乱💦
ここから先が長いんですが😭

本屋さんで目についたので、つい手に取ってしまった一冊。日本人の歴史観は明治維新や太平洋戦争で分断されて、「維新後」「戦後」と一括りにされることが多いですが、日本で最初の鉄道建設が始まったのは、まだ江戸時代が色濃く残る世相だったんだよなぁと読...
08/08/2026

本屋さんで目についたので、つい手に取ってしまった一冊。
日本人の歴史観は明治維新や太平洋戦争で分断されて、「維新後」「戦後」と一括りにされることが多いですが、日本で最初の鉄道建設が始まったのは、まだ江戸時代が色濃く残る世相だったんだよなぁと読みながら思いを馳せます。
出てくる人の多くが「良い人」として書かれているのが物足りないですが、最初から最後まで当時の風俗を思い浮かべながら読めました。イチ押しとは言えないけど、悪くないです🤔

07/08/2026

東京駅。上野東京ラインのホームにはちびっ子や高校生から大人までカメラマン多数。で、やって来たのはどうってことないE233。
そこに「バカヤロー」「なんでだよ〜!」と怒声(謎?)
“なんだ、こいつら?”と思いながら乗り込むと、上のホームからEast iが発車していった。あ〜これを撮りたかったのにE233が来てカブられたのかぁ。お気の毒。でも、確実に撮りたかったらココじゃないよね。手抜きはアカンよ😜
と電車に乗ってから気が付いてスマホ取り出した私の動画は手抜き中の手抜きですが💦

なんと❗ピニンファリーナ❗❗https://www.nankai.co.jp/lib/company/news/pdf/260806.pdf
07/08/2026

なんと❗ピニンファリーナ❗❗
https://www.nankai.co.jp/lib/company/news/pdf/260806.pdf

  😉北海道のボギー石炭車を作り続けたシリーズ(除セキ8000)その壱まずはなんといってもセキ1です。製造初年はなんと明治44年❗なのに現代まで通用する機構やデザインを持っていた先見性がすごい。改軌論争前の車だけに台車は短軸のTR17。モロ...
05/08/2026

😉
北海道のボギー石炭車を作り続けたシリーズ(除セキ8000)その壱
まずはなんといってもセキ1です。製造初年はなんと明治44年❗なのに現代まで通用する機構やデザインを持っていた先見性がすごい。改軌論争前の車だけに台車は短軸のTR17。モロにアメリカンなアーチバーですね。当初のコイルがリーフスプリングに改造されています。車輪も最初はプレートでチルド車輪。参考�https://www.i-repository.net/contents/osakacu/kiyo/DBb1170101.pdf

登場時は24t積みのオテセ9500→大正中期に30t積みに改造されてオテセ11000→昭和3年称号改正でセキ1となりました。大雑把に前期型と後期型がありますが、さらに増トン時に継ぎ足した炭箱の補強がまちまちで楽しいです(当初木製→更新で鋼製ただし木製のままもアリ)。製品はたしか8種類くらい作った記憶。側開扉は意外なことに補強があるのがオリジナル(前期形のみ)。更新された際に撤去された車が多いですが、最後まで残っていたのもいました。

531輛製造で20輛がホキ150に改造。国鉄線では昭和30年代中頃に全廃になりましたが、雄別、旭川電軌、手塩、三菱美唄、太平洋炭礦等に払い下げられ、昭和40年代後半まで走り続けました。旭川電軌から三菱大夕張に移籍したセキ118が現存します(更新されてセキ1000みたいになっちゃってますが、台枠や台車に出自は隠せませんね)。
1/87日本型は古典機をはじめ北海道の炭礦の罐に恵まれていたので製作しました。櫻井さんの美唄は末期の暖簾(?)まで再現(松川さん謹製)

住所

東京都中野区本町4-19/6
Nakano-ku, Tokyo
164-0012

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