09/10/2026
風姿花伝 第一 五十有余
本文
この比よりは、大方、せぬならでは、手立あるまじ。「麒麟も老いては駑馬に劣る」と申す事あり。さりながら、真に得たらん能者ならば、物数はみな々失せて、善悪見所は少なしとも、花は残るべし。
亡父にて候ひし者は、五十二と申しし五月十九日に死去せしが、その月の四日の日、駿河の国浅間の御前にて法楽仕り、その日の申楽、殊に花やかにて、見物の上下、一同に褒美せしなり。およそ、その比、物数をば早や初心に譲りて、やすき所を少な々と色へてせしかども、花はいや増しに見えしなり。これ、誠に得たりし花なるが故に、能は枝葉も少く、老木になるまで、花は散らで残りしなり。これ、目のあたり、老骨に残りし花の証拠なり。
年来稽古以上
訳
この頃からは、殆ど、何もしない以外に手立はない。「麒麟も老いては駄馬に劣る」とものの本に申すではないか。とは云うものの、真の能の体得者であれば、やれる演目こそ悉くなくなってしまい、何はともあれ見どころは少なくなるが、花は残るであろう。
亡き父であった者は、五十二の年の五月に死去したが、その月の四日の日に、駿河の国の浅間神社に能を奉納した際、その日の申楽は、殊の外華やかで、見物客は身分の上下にかかわらず、一同こぞって褒美を遣わしたものだ。ほぼその頃には、かつて演じていた演目は若い者に譲り、容易な箇所をほんの少しづつ色を添えて演じたが、花は以前にも増して見えたのである。これは、真実身につけた花であるがゆえに、能自体は枝葉もなくなり老木と成り果てるまで、花は散らずに残っていたのだ。これぞしかと目の当たりにした老骨に残った花の証拠であった。
年を追う毎の稽古については以上。